FUJI TRACK ARCVは街乗りに不向き?スピード全振りの魅力と光影
FUJIのシングルスピード5台を比較したとき、筆者が「一番気になっている」と書いたのがTRACK ARCV(トラックアーカイブ)でした。
あれから、気になるどころか、正直けっこう惚れています。
でも、まだ買っていません。買えずにいる、という方が正確かもしれません。惚れているのに踏み切れない。この記事は、その宙ぶらりんな気持ちを、正直に書き出したものです。おすすめ記事でも、購入レビューでもありません。一台の自転車に惚れた人間が、冷静な自分と押し問答している記録です。
まず、あの見た目
正直に言うと、入り口は完全にルックスです。
トップチューブが前下がりになった「パシュートジオメトリ」——トラック競技の追い抜き種目に由来するフレーム形状で、前へ前へと突き進むような、攻撃的で洗練されたシルエット。
クロモリピストの、あの繊細で優美な極細フレームとは真逆です。太めのアルミチューブがどんと構えていて、止まっているだけで速そうに見える。
このデザインが、とにかく刺さっている。理屈じゃないんです。
速さと関係のあるパーツだけで構成された、機能がそのまま形になったような潔さ。
見ていて飽きない。筆者にとって、トラックアーカイブの一番の魅力は、間違いなくこの佇まいです。
走りへの興味:アルミの「ダイレクト感」を確かめたい
そしてもう一つが、アルミとカーボンによる走りです。
クロモリは、しなる。路面の衝撃をフレーム自体が吸収して、いなしてくれる。長く乗っても疲れにくい、サポーティブな乗り味です。
対してアルミは、しならない。踏んだ力も、路面の情報も、ダイレクトに乗り手へ返ってくる。硬くて、スポーティで、加速がキビキビしている。
トラックアーカイブは、そのアルミフレームに、8kg台という異次元の軽さと、カーボンフォーク(これは多少は衝撃を和らげてくれる)を組み合わせている。
踏んだ瞬間にロケットのように出ていく、という評判の、あのダイレクトな加速感を、一度自分の脚で確かめてみたい。
クロスのアルミとはまた違う、ピストならではのダイレクト感があるはずで、それが気になって仕方ない。
耐久性が不安
ここまでは、惚れている側の言い分です。ここからは、冷静な自分の話。
一番引っかかっているのが、耐久性です。
アルミフレームは、一般に金属疲労で寿命があると言われます。
目安は諸説あって、数年という説もあれば20年近いという説もあり、実際のところ「脚力で分かるほど数年でヘタるわけではない」という見方も強い。
数字は正直あてになりません。ただ、方向性として「アルミは衝撃や振動のダメージを溜め込みやすい素材」であることは確かです。
対してクロモリは、しなることでダメージを受け流し、金属疲労に強い。
メンテ次第で数十年、一生ものとも言われます。
つまりトラックアーカイブは、軽さと速さを手に入れる代わりに、この「長く付き合える安心感」を手放す選択でもある。
※とは言え自動車に比べたら随分と長持ちする余地はある
そして、カーボンフォーク。ここが個人的に一番の引っかかりです。
というのも筆者は昔、アルベルトで転んで、フォークを曲げて交換したことがあるんです。
転倒でまず力がかかるのがフォークだと、身をもって知っている。
金属のフォークですら曲がったのだから、衝撃に対してデリケートなカーボンフォークだったら——と想像すると、街中でラフに使い倒すことに、どうしても慎重になってしまう。
速さのための構成が、そのまま「気を遣う理由」になっている。
尖った道具は、割り切るからこそ楽しい
不安要素があっても乗ってみたくなる魅力が、このトラックアーカイブにはあります。
それは、バランスのいい道具より、どこかに特化した道具の方が、使っていて楽しいという実感です。
何でもそこそここなせる道具は、たしかに便利です。
でも、便利さと引き換えに、どこか薄味になる。
逆に、一点に振り切った道具は、その長所が際立っているぶん、使っていて素直に面白い。
走りと軽さに全部を捧げたトラックアーカイブは、まさにそういう一台です。
速さに特化しているからこそ、その速さを心ゆくまで堪能できる。
そして尖った道具の何がいいかというと、苦手な部分を、あえて追わなくていいと割り切れることです。
この一台で坂も荷物も雨も全部こなそうとするから、あれもこれもと欲張って、結局どっちつかずになる。
でも「これは速さを楽しむための道具だ」と最初から割り切れば、苦手は苦手のまま放っておいていい。
「こうやって楽しめばいい」という分かりやすさが、尖った道具にはあるんです。
トラックアーカイブなら、平坦な車道を気持ちよく巡航しているとき、その魅力は最大になる。
それが分かっているだけで、付き合い方に迷いがなくなる。
割り切るとは、ルールを作ること
じゃあ具体的に「割り切る」とはどういうことか。
筆者が考えているのは、弱点を装備で埋めるのではなく、自分の運用ルールで回避するという発想です。
速さと関係のないものは、極力付けたくない。
キャリアも泥除けも一切排除して、あのパシュートフレームの攻撃的なシルエットを、そのまま乗りたい。
フェザーが「あれこれ足して自分の一台に育てる」バイクだとしたら、トラックアーカイブは真逆で、「余計なものを引き算して、速さの純度を保つ」バイク。
だったら、引き算した分は、自分の使い方で補えばいい。
たとえば、こういうルールです。
キャリアを付けないと決めたら、多少の買い物は少し大きめのリュックを背負って対応する。
泥除けを付けないと決めたら、雨の日はそもそも乗らない、と決めておく。
装備で車体を重く・無粋にする代わりに、自分の行動を少しだけ縛る。
そうすれば、車体は速さの純度を保ったまま、日常ともなんとか折り合える。
これは不便を我慢する話ではなくて、尖った道具と気持ちよく付き合うための、こちら側の作法だと思っています。
道具に全部を求めず、足りない分は自分が動く。
そう割り切れる人にとって、トラックアーカイブのような一台は、最高に楽しい相棒になるはずです。
いじるなら、走りを磨く方向にだけ
とはいえ、まったくいじらないわけではありません。
実用装備は足さない。
でも、走りの純度を上げる方向のカスタムなら、話は別です。
むしろ、そういうカスタムでこそ、この一台はもっと楽しくなる。
速さと無関係なものは付けないが、速さと操作性のためなら手を入れる——ここは矛盾しない、と自分の中で線を引いています。
手を入れるとしたら、この3つです。
① ハンドル(ブルホーン、またはライザーバー)
標準のトラックドロップは、やっぱり街だと使いにくい。ここは真っ先に替えたいところです。
前傾姿勢で巡航速度と直進安定を狙うなら、ブルホーンバー。
スピード感は残しつつ、小回りやブレーキングの操作性を上げたいなら、ライザーバー。
どちらを選ぶかで、このバイクの性格が「攻めの巡航マシン」にも「キビキビ操れるストリートマシン」にも振れます。
② ペダル(滑らかな高性能ペダルへ)
見落とされがちですが、ペダルの変更はかなり有効です。
標準の準製品から、より高性能なベアリングを積んだペダルに替えると、回転が滑らかになり、加えた力がロスなく駆動に伝わる。
速さに全振りしたこのモデルだからこそ、脚の力を一滴も無駄にしたくない。
ちなみに街乗りならビンディングにする必要はなく、良質なフラットペダルで十分——この考え方は、別記事(ペダルの選び方)に書いた通りです。
③ 固定ギア化(17Tか、いっそ15Tか)
トラックアーカイブも出荷時はフリーギア。固定ギア化すると、脚での減速=スキッドが使えるようになります。ここで歯数の選択が、けっこう悩ましくて面白い。
基本は17Tが扱いやすい。
スキッドで脚による細かな速度調整ができるのが、実はこのモデルでは地味に効きます。
というのも、トラックアーカイブは加速が鋭くスピードが載りやすい。
そのうえハンドルをブルホーンなどに替えると、手の位置によっては、とっさにブレーキへ指が届きにくい局面も出てくる。
そんなとき、脚で速度を調整できる引き出しがあるのは、明確な強みです。
スキッドでタイヤが削れる箇所(スキッドポイント)を分散でき、タイヤに優しいのも17Tの利点。
でも、あえて15Tを推したい気持ちもあります。
歯数を減らすとギア比が重くなり、トップスピードが伸びる。
スキッドポイントは減る(=タイヤの同じ場所が削れやすい)ぶん、スキッドの気軽さは落ちますが——速さに全振りしたトラックアーカイブの性格に、一番似合うのは、いっそ重いギアで最高速を狙うこの選択なんじゃないか、とも思うんです。
無難に楽しむなら17T、モデルの尖りに振り切るなら15T。
こういう選択肢があるよ、という話です。
(歯数とギア比、スキッドポイントの詳しい関係は、ギア比の記事で解説しています。)
フリーギアのままでもOK
そしてもう一つ、忘れてはいけない選択肢があります。そもそも固定ギア化しない、という手です。
ここまで固定ギア前提で書いてきましたが、スキッドはあくまで固定ギアでしか使えない技で、しかも習得には慣れが要ります。
「スピードは思いきり楽しみたいけれど、脚での減速に自信がない」——そう感じるなら、無理に固定化せず、出荷時のフリーギアのまま、ブレーキでしっかり止まる。
これが一番安全で、確実です。フリーのままでも、トラックアーカイブの鋭い加速と軽さは十分に味わえます。固定ギアはあくまで「操る楽しさ」を足すオプション。
止まれる自信が付いてから決めればいい話で、焦って固定化する必要はありません。
ブレーキの強化
そして、フリーギアで乗ると決めたなら、逆に攻めたいのがブレーキそのものの強化です。
固定ギアのスキッドで速度を調整する代わりに、止まる道具の性能を上げる。
速く走る車体だからこそ、確実に止まれる制動力は理にかなった投資です。
手軽なところではブレーキシュー(リムに当たるゴム)を効きのいいものに替えるだけでも体感は変わりますし、キャリパーごと上位グレード(たとえばシマノの105クラスなど)に替えれば、コントロール性はさらに上がります。
ここは「速さと安全はトレードオフではなく、両方上げられる」という発想です。
ただし、ピスト系のフレームはブレーキの取り付け方式やアーチのサイズ(タイヤ幅との兼ね合い)で適合が変わるので、実際に交換するなら現物を見てショップで相談するのが確実です。
ホイールまで手を出すなら、バトンホイールのような、走りと見た目を同時に尖らせるカスタムで磨き上げる手もある。まあ、このあたりはもう完全に妄想の領域ですが。
価格と、対抗馬のこと
意外なことに、これだけ尖ったスペックのわりに、トラックアーカイブは似た性格の他モデルと比べるとややリーズナブルな部類です。
この手のアルミ・パシュート系だと、たとえばLeaderのTHE CUREあたりが対抗馬に挙がりますが、コストパフォーマンスという意味でも、トラックアーカイブは悪くない選択肢に見える。
……と、こうやって「価格も悪くない」なんて調べている時点で、だいぶ深みにはまっているのは自覚しています。
結論:まだ、迷っている
というわけで、結論は出ていません。
あのデザインも、アルミのダイレクトな走りへの興味も、本物です。
でも、冷静な自分が「耐久性は大丈夫か」「カーボンフォークを街でラフに扱えるのか」「そもそも実用性ゼロのこの一台を、本当に生活足としてに迎えられるのか」と、いちいち待ったをかけてくる。
たぶん、答えは「一台目には向かない」なんだと思います。
街乗りを気軽に、一台でこなしたい人には、間違っても勧められない。
でも筆者には現状クロスがある。
だからこそ、実用性を全部クロスに任せて、トラックアーカイブは「速さとルックスだけを楽しむ二台目」として割り切れる——そういう買い方ならアリなんじゃないか、と
この押し問答は、まだしばらく続きそうです。
もし決着がついたら、そのときはまた報告します。




